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良い悪いを超える  

 こんにちは、Dr.ケイです。

 

最近のセッションでよく出てくる問題の中で気になることの一つは、善悪の観念です。

善悪の観念とは「〜は良い」「〜は悪い」という観念です。

私たちは心の中に良い悪いの基準をもっています。

その基準は生まれてからの環境、例えば、親、学校、地域、社会、からずっと学んできたもので、それらは、私たち潜在意識レベルにしっかりと根付いていており、当たり前になっています。

 普段の生活ではあまり気がつかないのですが、何か問題に直面した時、誰もが「私は正しい!!!」という頭の中の声に気が付いたことがあると思います。

善悪の観念が強いと、他人を裁くのはもちろんのこと、自分のことも裁く対象となるので、他者否定、自己否定の元となっています。また、創造性や柔軟性に欠けてしまい、箱の中に縛られた考え方をもってしまいがちです。

 

善悪の観念が強いと、物を二極化してとらえることで、分離意識を強化していきます。分離意識が強いということは、自我意識が強いということなので、他者との比較や競争の中で、自分の幸せを確認しようとすることも多くなってしまいます。


年を重ねる過程で、善悪の観念は深層心理にしっかりとこびりついていきます。
善悪の観念のでき方には文化も影響します。
日本では「沈黙は金なり」という言葉がありますが、
アメリカでは雄弁であることが非常に重要です。

アメリカは多民族、多文化主義なので、日本に比べると多様な価値観が受け入れられやすいのですが、日本は単一均一的な集団主義を基本としているので、善悪の観念も強く「これが正しい・間違っている」という暗黙の了解が強く存在しているように感じます。

 

そもそも善悪の観念は常にコンテクスト(そのときの状況)と共にあるはずのもの。学生時代は先生の指示に従うことが良い子ですが、社会に出れば、自分の考えを持ち、自律的な行動をとることが求められるため、指示待ち人間は嫌われてしまいます。

 

世の中に、善人と悪人が存在しているわけではありません。ある状況では善人だった人が、他の状況では悪人になっていることがありますね。つまり、善悪の基準とは、絶対的で客観的なものではないのです。善悪は相対的であり、主観的なもの。その時どきで都合よく変わっていくものなのです。

ある観念への執着が極端に強くなり、無意識層の化石となると、
コンテクストに関係なくその観念をどの状況にも当てはめてしまい、がんじがらめになってしまい、行動力が下がります。そして、願望実現の障害となることが多々あります。

 

また、正義感の強い人も、善悪の観念が強すぎるとオープンな心で物事をとらえることが難しくなり、自ら人生の選択の幅を狭めてしまうことがあるので注意。


善悪の観念を浄化しながら感じること。😃

良いと悪いは二つで一つ。悪いがなければ良いもないということです。

良い悪いを超えたところに立ってみたら自分はどんな風に見えるのでしょうか。

自己否定、他者否定を超えてありのままの姿を受け入れると、

自分が、また、人間が持っている本来の輝きを取り戻すでしょう。

善悪の観念を浄化して、ストレスフリーな毎日。

シンプルな心とシンプルな生活。

そこから愛が見えてくる✨

 

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